(更新日:2024年6月12日)
日差しも強くなり汗ばむ陽気も増えてくると、女性にとってお出掛けに欠かせないのは日傘ですね。日傘は日焼け防止のためだけでなく、日傘をさして日陰に入ることで暑さが随分和らぐので、重宝します。
今回ご紹介する日本の老舗傘ブランド槙田(まきた)商店は、織物の産地である山梨県で創業。他にはない繊細な表情と職人の熟練した技、そして現代的なデザインが光る日傘を作り出しています。
まずは、日傘について知識を深めていきましょう。
「傘」のルーツは日傘から来ているということは有名ですが、4000年も前から使用されていたことには驚きます。日傘はそもそも、身分の高い人が自らの権力を示すために生まれたものです。ペルシャやエジプトなどの彫刻や壁画には、王様の頭上に天蓋のような日傘をさしている姿が描かれています。
英語のUMBRELLA(アンブレラ)は、ラテン語のUMBRA(ウンブラ)を語源にしており、その意味は「日陰」。今ではUMBRELLAというと雨傘を指すことが一般的ですが、雨傘が登場するのは18世紀後半と、日傘の登場より大分遅いのです。日本での雨傘は紙で出来た「和傘」の歴史が古く、仏教とともに中国から伝わったと言われています。
私たちが使う洋傘が日本に入ってきたのは江戸時代です。当初はいわゆる「舶来品」であり、非常に高価なものでした。そんな洋傘が日本でも製造されるようになり、一般庶民にも普及していくのは明治時代に入ってからになります。
山梨県郡内地域の織物産地には古くから伝わる郡内織物(ぐんないおりもの)が存在します。
そのルーツは甲斐絹(かいき)と呼ばれる織物で、富士山からの豊かな水がこの地域の織物を江戸時代から支え続けています。
甲斐絹(かいき)とは、羽織の裏地に用いられる薄手で美しい織物で、江戸時代から昭和初期にかけて生産されました。江戸幕府による奢侈(しゃし)禁止令により、華美な織物を身に着けることを禁じられた商人たちがこっそり裏地でおしゃれを楽しんだのが甲斐絹です。
甲斐絹は、
・細番手の糸使用で薄手、軽い
・高密度の織りでコシがある
・先染め糸で色鮮やかなデザイン
・富士の湧水による美しい発色
これらの特徴を活かし、消費の中心地から遠いというハンデを超え、他産地との競争の中で高品質な織物の地位を確立していったのです。
そんな甲斐絹織物をルーツに持つ槙田商店は、江戸末期から甲斐絹織物卸業として技術を積み重ねていきます。
洋服の文化になってからは、羽織の裏地としての需要は減り、産地の機屋はネクタイやドレスの生地などの繊細な織物を手掛けるようになる中、槙田商店はその技術を傘生地に活かすことになります。
新たに、生地に防水・撥水する技術を得て、これまでになかった「先染めの傘生地」を作り上げます。はじめは生地のみ、その後傘本体の製造まで手掛けるようになり、自社で一貫した生産体制が出来るようになります。
槙田商店の傘のコンセプトは、「織物屋がつくる傘」。自社の歴史に誇りを持つように、徹底的に生地にこだわります。
「持っていて楽しくなる傘」
「ちょっと素敵に見える傘」
「大切に使いたくなる傘」
そんなこだわりを生地に表現するのは、先染めのジャガード織り。市販されている安価な傘は、表面にプリントされているものがほとんどで、べったりと塗られたデザインです。槙田商店のジャガード織りは、先染めされた様々な色の糸を用いて絵柄を織り上げていくので、立体的な絵柄と糸の表情を楽しむことが出来ます。絵柄の裏側は反転するので、傘をさしていても内側からその美しい絵柄が出るのです。
トウモロコシやオクラといった野菜をモチーフにした槙田商店の「菜(Sai)シリーズ」は、そんな槙田商店の技と特徴を存分に取り入れた日傘です。デザインしたのは当時東京造形大学の学生だった方で、槙田商店に入社した1年後に製品化されました。
その名の通り、様々な野菜をモチーフにした日傘です。素敵なのは、ちゃんと「大人が持つ」ことを計算に入れたデザインであること。傘を閉じている時、開いた時それぞれの姿に、言われてみれば「なるほど、あの野菜らしさがある」と分かる程にとどめたディテールには幼稚さがなく、大人が持つに値する美しさがあります。
このデザインには「野菜たちのように日差しと楽しくつきあえる日傘」というコンセプトが含まれています。
傘を閉じている時はつぼみ、開いた時にはまるで花が咲くようにと、今までにないストレッチ素材の糸を使い、ポコポコと凹凸のある生地を用いています。
試行錯誤を重ね、通常より手間のかかる製法で手作りされる日傘は、工程が複雑で難しいために少量でしか生産が出来ないのだとか。熟練の職人さんたちが、伝統だけに頼ることなく新しい素材や技に挑戦した結果、生み出されたものなのです。
閉じている時の、くしゃくしゃとシワのある生地はこれまで見たこともありません。開くとジャガード織りで施された糸の模様がピンと張り、全く違う表情を見せてくれます。傘を持った時、内側に見える表情もまた素敵です。さしている人だけに向けた、粋な演出ですね。
にんじん、とうもろこし、紫おくら、えのき、花まめ、はくさい、まめの7種類全て、異なる織りによる模様が美しく、それぞれの野菜の特徴を捉えています。近くで見ると、傘生地の表面を糸が飛んでいるのが分かりますが、素人目にしてもその繊細な技術力の高さをうかがうことが出来ます。
こういったディテールの一つ一つに気が付くことで、ものへの愛着は深まっていくものなのだと、改めて感嘆します。
職人さんの手によって生み出される繊細な日傘、ぜひ大事に長くご愛用頂きたいです。意外と知らない、日傘(傘)を使用する上での注意事項をまとめました。
・開く時はウォーミングアップから
日傘に限らず傘全体に言えることですが、閉じてストラップでとまっている傘を開く前にはウォーミングアップが必要です。
ストラップを外してすぐに力まかせに開いてしまうと、布同士の摩擦で開くのが追いつかず、骨にも生地にも負担がかかります。ストラップを外したら、軽く左右に振って生地が開いてから、ゆっくり傘全体を開いてください。
・生地への優しさを持って
先述のように、槙田商店の生地は表情豊かなジャガード織りです。糸を織り上げ、デザインを立体的に表現しています。そのため生地の表面にストレッチの糸が飛んでいる箇所が多いので、指輪などを引っ掛けないようお気をつけください。
・長持ちの秘訣は数本使い
日傘は使用中、春夏の強い紫外線にさらされ続けます。紫外線は生地の脆化や変色、退色を招きますので使用後の保管は風通しの良い光の当たらない場所で保管してください。
日傘も靴と同じように、出来れば復数本をローテーションして使用して頂くと、1本1本の寿命が長くなります。
・濡れてしまったら
槙田商店の日傘は汚れがつきにくいよう、撥水加工をしてありますが、防水加工ではないので、水を通します。雨にはお使いいただけません。しかし、急な雨で日傘が濡れてしまうこともありますよね。そんな時は慌てず、風通しの良い場所で半開きにして陰干ししてください。
・汚れが目立ってきたら手洗い
使ううちにどうしても付いてしまう汚れ。通常の日傘と同じように中性洗剤をうすめた溶液で、生地を優しく拭いてください。ただ、糸が生地表面をとんでいて引っかかりやすいので、その点を注意してください。その後水で洗い流したら、直射日光の当たらない風通しの良い所で、半開きで乾かします。
スチールの骨を使っているので、ちゃんと乾かしきってから畳むことが大事です。水分が残っているとサビの原因になりますので、ご注意くださいね。
・シーズン終わりのメンテナンス
シーズンが過ぎて次の春まで長期保管する時には、そのシーズンの汚れを落としてからにしましょう。上記の手順で洗い、完全に乾かしたら大判の紙でくるくる巻いてホコリ対策をしたら、直射日光の当たらない風通しの良い場所で保管してください。