透明で美しい、ガラス。私たちは、その美しさに見惚れることがあります。
一見とても儚い素材に思えるのですが、2000度の火を経験することで柔らかくしなやかになり、そして冷めると強くなる。そんなガラスの魅力をもっと知りたくて、バーナーワークという技法でガラスのアクセサリーを手がける工房、HARIO Lampwork Factory(HARIOランプワークファクトリー)を訪ねました。
最初にお邪魔したのは、都内にあるハリオ本社。ガラスを手作りする職人のシルエットが描かれた看板には「SINCE1921」の文字。ハリオは古くからガラス製造を担ってきた老舗。創業当初から一貫して耐熱ガラスの企画・製造・販売を行っている、日本で唯一工場を持つ、耐熱ガラスメーカーです。
建物に一歩足を踏み入れると白い壁にダークブラウンの木枠が生える、何とも荘厳な雰囲気。こちらはとある銀行として使われていた建物を受け継いでショールームとして使われているお部屋なのだとか。古いものを大切に受け継ぐ雰囲気がとても素敵です。今回はHARIO Lampwork Factory(HARIOランプワークファクトリー)の展開を手がける根本さん、田多さんにお話を伺いました。
---ハリオといえば、コーヒー器具というイメージがあります。
はい、1921年の創業当初はビーカーやフラスコなど、理化学用のガラス用具を主に手がけていたのですが皆さんにとって一番馴染みのあるのはやはりコーヒーを入れる耐熱ポットやグラスかと思います。その原点ともいえるのがこちらのサイフォン器具で、海外から「サイフォンでコーヒーを淹れて、家庭で楽しむ」という文化を取り入れる形で、人々に親しまれたものなんです。
--あ、そういえば「ちびまる子ちゃん」でも、一家団欒でサイフォンでコーヒーを淹れて飲むシーンありますよね。
そうそう、それです!笑 この時代のサイフォンは職人の手作業で作られたものなんですよ。ハリオのアイデンティティを言葉にしたら「国産の耐熱ガラス」ということになるんですが、まさに食文化や人々の暮らしに合わせる形で製品開発が進められてきました。例えば、このお茶ポット。
---これ、冷蔵庫に入っていました!ハリオさんの製品だったんですね。
見覚えがあるなんて、嬉しいです。冷蔵庫が一般家庭に普及して、夏には冷たいお茶を常備するという一つの習慣が生まれる訳ですがポットにお湯を入れて熱いお茶を作ってそのまま冷蔵庫に入れることが出来る便利さから、広く普及しました。
---人の暮らしに合わせた耐熱ガラス、だった訳ですね。
その通りです。電子レンジが普及した時には、ライスクッカー。今でも電子レンジでご飯を炊く器具は出回っていますが、その元祖です。お米と水を入れて電子レンジに入れると、そのままおにぎりが出来上がるというちょっと面白い商品もありました(笑)。時代がくだって最近だと、サードウェーブのコーヒーブームでネルやペーパードリップの良さが再発見されたのに合わせて、スペシャリティコーヒーが美味しく淹れられる円錐形のコーヒー抽出器が人気ですね。
---まさにメーカー、という感じがします。
はい、私達の強みは、まさに「メーカー」であることです。10商品作って、実際にヒットして長く愛されるのはそのうちの1つか2つだけかもしれない。それでも、作り続けることでこそ技術も進化しますし、人々に愛される商品が生まれるというのはやはりメーカーとしての使命です。
ところが、最初は1点1点手作りで生産されていた製品も需要が高まると生産性重視でどんどん機械化が進み、職人の手仕事は継承されなくなっていきます。私たちのハリオの製造拠点は茨城の工場なのですが、機械化が進んだ結果、手でガラスを操れる職人は3人まで減ってしまいました。ただ、どんなガラス製品も最初は職人の手で作ってみてそれをどうやって機械製造にするかというプロセスを経て量産されるんです。人の手で形に出来ないものを、いきなり機械で作ることは出来ないんですね。でも、肝心の職人がいなければ技術の進歩がない。残念ながら、必然的に新しい商品も生まれないということになります。
--技術が途絶えるということですね。
例えば、お茶を淹れるポットで、注ぎ口を付ける工程だけ職人の手仕事を必要とする商品があるんですが、職人がいなくなったら、その商品は廃盤になってしまいます。これは火の当て方一つが品質を左右する製品ですが、製造が出来なくなったら、その商品をオーダーくださる料亭や旅館の方々の要望に応えられなくなります。こういった状況をどうにかしなくては、そんな想いから生まれたのが、HARIO Lampwork Factory(HARIOランプワークファクトリー)なんです。
---職人さんの存在が、企画開発に欠かせない。
はい、ランプワーク(バーナーワークとも呼ばれます)はバーナーで温めたガラスを職人の手仕事で造形する繊細な技術です。その良さを感じて頂けるガラスのアクセサリーを企画、製造、販売しています。新しいガラス製品を作って、お客さまに届ける。要望に応えながら、新しい造形にチャレンジしつづけることで技術を進歩させ、職人を育てる。そうすることでまた新しい商品を生み出し、お客さまに届けることが出来る。そうした成長を見込んで生み出した場です。
ハリオ本社にはデザイナースタッフが20名いて、コーヒー器具のようなメインの量産品を手がけつつ、ランプファクトリーのアクセサリーもデザインしています。そのデザインを工房の職人が形にしながら技術を身につけ、「もっとこんな造形が出来る」「こうすれば強く美しく形に出来る」という技術的なフィードバックを商品企画に活かすことが出来るようになってきました。
続いて、いよいよ工房に伺います。ハリオ本社から少し歩いたところにある、煉瓦造りの外観が目を引くこちらの建物。ガラス張りになった1階部分は作業の様子が外からも見えるようになっていて、道行く人が時折足を止めて、職人の手仕事に見入っていました。
HARIO Lampwork Factory(HARIOランプワークファクトリー)は1階部分が一般のお客様が立ち寄れるショップスペースになっていて、ガラス張りの工房を見学することも出来ます。緩やかに間をとって展示されたガラスのアクセサリーはよくよく見ると実に様々な造形がなされていて、思わず手に触れてみたくなるほど。全てが透明なガラスで造形されていて少しずつデザインが異なっているという光景に、心がキュンとします。
---かわいい!眺めているだけでキュンとします。
ありがとうございます。最初はシンプルなデザインのものを17アイテム作ってスタートしたのですが、そのラインナップは今も定番で、お客さまからの人気が高いですね。はじめは、しずくや幾何学模様のような抽象的なデザインが多かったのですが、技術的にもさらに繊細な模様が描けるようになってきたので花や雪の模様のように、複雑なデザインのシリーズも増えてきました。
---日本の技術は、世界と比べてどういった良さがありますか?
試しにこれらのアクセサリーを中国の工場で作ってもらったことがあったのですが、やはり形状の整い方や綺麗さなど日本の職人と同じものは出来ていませんでした。ちなみに僕もランプワークの技法を練習したことがあるんですが、これがすごく難しくて(苦笑)全然上手くなりませんでした。繊細な細工の要素があるものづくりなので、工芸の域ですね。そういった点で日本の女性の職人が、なんというかホスピタリティを持って丁寧に丁寧に作るというスタイルの方がしっくりくるなと実感しています。
この工房を立ち上げた当初は職人5名だけの体制だったので一度欠品するとなかなか生産が追いつかなくて、これはメーカーとして良くないと感じ、職人の育成に力を入れるのと生産拠点を増やしていくという取り組みに注力しています。
—こうしてみると、いとも簡単に手早く作っているように見えてしまうのですが、難しいんですね。
はい、バーナーで熱した後はどんどん冷めていってしまうので時間との勝負です。手作業で製造しながら、製品の規格は守らなくてはいけないので原図をもとに細かなサイズを合わせながら造形していきます。
ランプワークの材料となるのが、こちらのガラス棒です。2mm,4mmなど、太さがいろいろあってこれを溶かして雫を作り、どんどん繋げてぽこぽこしたデザインにしたり、道具で挟んで平たくしてから、くねくねと造形したり。このガラス棒もハリオの国内工場で作っているんですが、純国産でこれを作れるのは日本のガラスメーカーの中では、もうハリオだけですね。
こちらが職人の作業場風景。
細かな手作業を可能にする道具たち。
バーナーで溶かしたガラスを切る・ひねる・つなげる、など様々な造形が可能性。
ガラスを溶かすバーナーの炎。
工房には、このバナーが出す「ゴーゴー、シューシュー」という独特な音が響いています。
職人が作ったガラスパーツ。
まるで涙のしずくが連なったようなデザインはまさに職人技。
職人の手作業でガラス細工をしたら、あとは仕上げの工程。バナーワークの火はだいたい2000度くらいなのですが、造形して冷ましただけのガラスパーツは「ひずみ」があってガラスの状態が不安定になっているので、こういったオーブンで再度高温に熱し、冷ますという工程を経て仕上げられます。この作業によって壊れにくいガラスになるんですよ。
—長く使う、という点で気をつけるべきことはありますか?
ガラスは、落としたら壊れてしまう素材です。これは避けられない。でも、大切にすれば、素材自体は劣化しないので特別なメンテナンスなどは必要ないんです。つけ外しや持ち運びを丁寧にする、身につけない時は柔らかなアクセサリートレイに置く、というちょっとした心がけをすれば大丈夫ですよ。それとこの耐熱ガラスは、もしも壊れてしまった時にももう一度溶かして修理することが可能です。破損の状態にもよりますが、可能な限り工房で修理してもう一度お使い頂けるような体制を整えているのでご安心ください。
—最後に、使い手へのメッセージを聞かせてください。
そうですね、どれか一つでも気に入ったアクセサリーがあれば、ぜひガラスを身につけるという体験をしてみて欲しいです。そしてもし、さらに気に入って2つ、3つと別のデザインのものをご自分のアクセサリーケースに並べて頂けたら、こんなにも嬉しいことはありません。職人の技のバリエーションを感じ、愛着を持って頂ければ幸いです。
HARIO Lampwork Factory(HARIOランプワークファクトリー)にて。
今回お話を聞かせてくださった根本さん(左)と田多さん(右)。
お二人とも、ハリオの耐熱ガラスに秘められたストーリーとランプワークファクトリーに対する強い想いを、とても丁寧に語ってくださいました。
様々な可能性を持った、ガラスの造形美。一言でガラスのアクセサリーと言っても、そのデザインは様々です。
【まるで雫のような】
雨上がり。窓辺に見える小さな雨粒を思わせる、「ティアーズ」。つぶつぶとした質感がユニークな造形は、細いガラス棒をバーナーの炎に当てて溶かし、一粒ずつ職人の手仕事で生み出されもの。まるで雨粒がつらなり、レース模様を描いたような造形が美しいデザインです。
【植物や、海のシルエットから】
海辺で拾った小さな貝殻に、原っぱで編んだシロツメクサの花冠。そんなノスタルジックな思い出を表現したかのような造形も。少女の頃を思い出し、思わず心がキュンとなるデザインです。
【都会的な、幾何学模様】
ガラスならではの細やかな手仕事を生かした幾何学模様も揃います。直線と曲線でこんなにも印象が違うから驚きです。合わせるお洋服によって、都会的でモードな雰囲気にも優しく女性的なテイストにも変化します。
「HARIOランプワークファクトリーを訪ねる」、いかがでしたか。
硬くて透明で、繊細。2000度の火を経験することで柔らかく変化し、冷めることでまた硬くなる。考えてみればガラスというのはとても不思議な存在です。
工房の皆さんが、バーナーの火に向かいながら黙々と素早くそれでいて丁寧に丁寧にガラスを造形していく姿がとても印象的でした。ハリオ・ランプワーク・ファクトリーのガラスの不思議なところは、ガラス自体はとても静かでひんやりとした質感なのに、その背景に職人の手仕事という温もりが感じられること。ガラスという素材の可能性に職人の技術を掛け合わせ、しなやかで繊細な造形を可能にしていくという姿勢、それがこのブランドの魅力なのかもしれません。
▼ピアス、ネックレスなど様々なデザインが揃います。