2000年前から続く、夏の風物詩とも言える石川県能登地方に伝わる能登上布。
今回ご紹介するのは、その唯一の織元となった山崎麻織物工房のものづくりです。「蝉の羽」とも呼ばれる透明感のある織物は、夏の爽やかな海風、そして多湿という能登の自然と深く結びついた、まるで先人たちの知恵の織物で知れば知るほどに興味深いものでした。
昔から日常着として庶民の間で着用され、仕立て直しては子から子へ受け継いだ織物が能登上布です。
▲ 能登上布のストール
一枚の布は、肌に優しく寄り添いながらも密着せず、汗をかいてもサラリとしています。夏の麻生地と見た目の上品さ、猛暑とはいえ肌の露出は控えたい方にUV対策や熱中症対策として役立ちます。
上布とは、上等な麻織物を指し、越後・近江・宮古・八重山に名を連ね、五大上布の中でも起源が古いとされる織物です。歴史を遡れば、麻織物といえば能登上布と言われ120軒の織元が互いの技術を競い合い、その生産量日本一となっていた時代がありました。着物から洋服へと時代は変わり、最高級と謳われた能登上布を作る織元も今は1軒のみとなります。
また、その歴史古く、エアコンのない時代からある織物は、夏の風物詩のようで、歌人がその透き通る美しさを蝉衣(せみごろも)と表現し、薄物を着始める6月を蝉羽月として歌も残していました。
蝉の羽の ひとへにうすき 夏衣 なれはよりなむ 物にやはあらぬ | 凡河内躬恒(905・古今和歌集)
<蝉の羽のように薄い夏衣と、情に薄いあなたの心。慣れ親しめばその心も私に寄り添ってくれないものか。夏衣が着慣れて肌に馴染むように。>
いでや我 よきぬのきたり 蝉衣 | 松尾芭蕉(1687・あつめ句)
<いやはや見てください、素敵な帷子を着た私を。蝉の羽のような美しい衣を。>
能登上布のような薄い麻の衣はこうして表現され、能登上布もまた透明感に軽さやハリのあることと、そして、とりたてて美しい織物だということがうかがえます。
▲こちらは、能登上布の「ピアス」。
薄く軽い生地でこのような立体感を出せるのもこの織物だからこそで、肌触りも夏らしい爽やかさです。
生地は、日本古来からの天然の接触冷感生地とも言えるラミー(苧麻)素材で、原料である麻は一般的なリネン(亜麻)ではなく苧麻を100%使用したもの。吸水性・発散性・通気性が高く、リネンより涼しく、独特の着心地の良さで高温多湿の夏に今も昔も欠かせない素材となっています。
気取らない雰囲気は、能登の土地柄でしょうか。さりげなく上質を纏うことができ、扱いは日常的で洗えば洗うほど柔らかくなり感触が良くなる点では、経年変化を慈しみながら長くお使い頂けます。
ストールは、爽やかで風通しも良い生地感で首にグルグル巻いても涼しいので驚きます。参考までにスタッフ愛用のもの(着用20回ほど、お洗濯は7.8回ほど)と新品とで触り心地を比較してみました。
写真だけでは伝わりにくいですが、新品はハリがあり凹凸も深めでシャープな印象なのに対し、愛用品はふんわりと優しい雰囲気に変わっています。柔らかさも確かに増しています。UV対策だけでなく、真夏にはネッククーラーの上に巻いた熱中症対策のお出かけにもいいストールです。
また、今回ご紹介するにあたり山崎麻織物工房さんより30年着用されたという作務衣の動画もいただきました。ストールに比べてもよく着る作務衣ですのでいかに長く愛用できるものかがわかります。
能登上布独特の伝統手染め技法に「ロール捺染」と「櫛押し捺染」があります。
生地は経糸を一本一本並べて織られますが、絣柄を織るためには事前に糸を染めておく必要があります。そこで、あらかじめ「ロール捺染」または「櫛押し捺染」で糸を染めることで、染めにじみの少ないくっきりとした模様を作り出すことができます。
▲このような十字絣(ダイヤ十字絣)をつくる工程では、糸に「櫛押し捺染」と呼ばれる手染め技術で模様をつけていきます。
▲このような縞柄は、違う色の経糸を配置して織られています。人の手で配置する経糸は約1200本に及ぶそう。
このように細かい丁寧な手作業からできた生地。一つ一つを大切にしたいという気持ちがおのずと湧いてきます。丈夫で確かな品質、それに加えて、ものづくりの思いを感じる織物です。
▲能登上布独特の伝統技法「ロール捺染」で糸を染めた蚊絣。
原糸の糸繰りから染め、機織りまで全て手作業で行う気の遠くなる工程は、最低でも一反に2ヶ月、ものによっては数ヶ月かかるものもあり、多く生産されていない織物です。そして、織元はたったの1軒ですが、支える18名の職人・織子さん。数年前から能登上布の織物に惹かれて県内各地から職人への志願者が次々と訪れて無形文化財は若返りを図っていると聞きます。
取材を終えるにあたり、作り手さんに能登上布の魅力をおうかがいすると、
とお話しくださいました。
作り手の情熱が込められた緻密で繊細な美しい織物は、日本の歴史や文化、風情あるものづくりだと改めて知り、丁寧に伝えながら良いものを長く愛用していただける方にお届けしたいと思う取材でした。
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