日本屈指の刺繍メーカー、笠盛(かさもり)が手がけるアクセサリーブランド000(トリプル・オゥ)。糸の可能性を刺繍技術によって広げ、繊細なものづくりを行うブランドです。
そんなものづくりの精神が受け継がれた000(トリプル・オゥ)の魅力をもっと知りたくて、群馬県桐生市の刺繍工房を訪ねました。
群馬県桐生市は、かつて養蚕がさかんだったことから、着物にまつわる繊維業が栄えた町。
000(トリプル・オゥ)を展開する刺繍メーカー笠盛(かさもり)も、実は帯の機屋(はたや)からスタートしたのだそう。時代とともに人々の装いが変化すると機織りから刺繍へとものづくりの形は変化しましたが、糸の力で、人々の装いに華を添えるという精神は今も昔も変わらずに、脈々と受け継がれています。
そんな000(トリプル・オゥ)のデザイナー片倉洋一さん、セールスの新井大樹さんにお話を伺いました。
取材に伺ったこの日は、ちょうどアトリエ併設のショールームを一般公開し、000(トリプル・オゥ)のアクセサリーを販売するオープンショールームの日でした。
オープンショールームは、一般のお客様からのご要望でスタートした企画で月に2回、こうしてショールームを解放しています。私たちの刺繍技術で生み出しうる、全てのラインナップをご覧頂ける場所として様々なアクセサリーを展示しています。
笠盛としては、ファッションデザイナーやメーカーさんから依頼を受けて刺繍技術を提供する、刺繍のプロフェッショナルという立場ですが、000(トリプル・オゥ)では一般のお客様と対話する機会も多いので、「刺繍の力で、桐生という場所で、何が出来るか」を考える、良いきっかけになるように思います。
笠盛が手がける刺繍技術のサンプル。フラットなデザインも、立体的な造形も。
フランスの老舗メゾンからの依頼で手がけた作品。
000(トリプル・オゥ)というブランドネームは、0からスタートし、「素材」「デザイン」「技術」という3つの要素の掛け合わせて999まで千通りの組み合わせがあるように、既成概念にとらわれず、新しいものづくりを行うというコンセプトから生まれました。
帯の機屋としてはじまり、そして刺繍メーカーとして長年ものづくりに関わってきた中で、海外向けに、ワッペンや刺繍テープのような服飾資材を開発した経験があります。
2007年にModAmont(モーダモン)というパリで開催された世界規模の展示会では、フランスの老舗メゾンやアクセサリーデザイナーから刺繍技術や資材の依頼を受けることになり、刺繍をメインにしたアイテム、特に直接肌に身につけて糸の心地を感じられるアクセサリーに手応えを感じたことが、「刺繍」をさらに発展させ、その枠組みを超えてものづくりを行う第一歩となりました。
海外からの問い合わせメールを頂いた時は、迷惑メールかと勘違いしたほどです(笑)。そんな中で「刺繍で、今までになかったアクセサリーを生み出し、届けたい」という想いからアクセサリーブランド「000(トリプル・オゥ)」をスタートしました。
そうですね、今では立体的なデザインも多く展開していますが、一番最初に作ったシリーズは、フラットなデザイン。一見すると編み物のようですが、全て1本の糸から成る刺繍で出来ているんですよ。キュプラやポリエステルといった丈夫な素材を使用し、刺繍の形になった時に、色合いや光の反射が美しく見えるよう糸の仕様を調整しました。
糸の撚(よ)りをどれくらいにするかで、仕上がった時の風合いや強度が大きく変わってくるのですが新しい糸で試作をすると、ミシンの針が折れてしまうこともままあり、冷や汗をかきながら、試行錯誤を繰り返した記憶があります。
まだ000(トリプル・オゥ)が駆け出しだった頃は、忙しい時期にミシンの調整が必要になり、職人に叱られましたね…(苦笑)。初期の構想から2年ほど費やし、000(トリプル・オゥ)初めての製品化となります。すべて糸で出来ているので、ボリュームを出しながらも身につけるととても軽い。そんな糸ならではの面白さを感じて頂けるシリーズです。
美しい刺繍は、美しい糸から。その一言に尽きると思います。
発色や耐久性の面で安定的に製造できるキュプラの次に着手したのがシルクです。桐生という「絹」の文化が歴史的に残る土地だからこそシルク糸の魅力を伝えることは、私たちメーカーの使命でもあります。
そんなシルクの糸で、ころんと立体的なパールが作れないだろうかとデザインしたのが「Sphere Silk」のシリーズ。絹紡糸(けんぼうし)と呼ばれる、絹を紡績して生み出された糸を使用しており、糸に細かな毛羽があり優しいタッチが特徴です。
プログラムを変えて、様々な造形を試した初期サンプル
ボールが連なったように見えるSphereシリーズはキュプラ、ポリエステルで既に製品化していたのですが、糸の素材を変えると、糸の太さも変わり、ミシンにかけた時のテンションも変わるので、刺繍の図案(プログタム)を一から作り直す必要があります。
製造自体はコンピュータ制御の最新ミシンを使って行いますが、刺繍のもととなる図案は、人が考えねばなりません。刺繍データ専門の熟練の職人が、コンピュータの特別なプログラムと駆使し、より美しい刺繍を施すために経験と勘を活かして1針1針データを入力しながら、刺繍データを作成するんです。
特殊なプログラムを操り、パソコンの画面上で平面から立体を生み出すという、とても緻密な作業を行っています。
いよいよ、刺繍ミシンが動く工房を見せて頂きました。
ざっと15名のスタッフがミシンについたり、仕上がった刺繍の糸処理をしたりと、それぞれ作業を行っています。笠盛が使用している刺繍ミシンは、多頭式といって横長の大きなミシンにたくさんの針が付いていて同一の図案を一度にたくさん刺すことが出来る、特殊なミシン。上糸と下糸を通し、生地に針を落とすことで模様を描くという原理は、実は家庭用のミシンと同じなんですね。
人が考え出したプログラムの通りに針が落ち、様々なデザインが描かれていくのですが、一台のミシンに職人一人が付いて細やかにセッティングをしていきます。プログラムはコンピュータ制御されているのですが、糸の性質は環境によって微妙に変化し、仕上がりに違いが出てしまうため、その日の気温や湿度を記録し、品質管理を行っています。
上糸と下糸のテンションを細かく細かく調整しながら仕上がりをチェックする必要があり、ここでは熟練の職人の目と手による仕事が欠かせません。
000(トリプル・オゥ)のアクセサリーだと、Sphere Silkのシリーズで一つのアクセサリーが出来るまでミシンが2時間の間、動き続けます。針や糸の調子を見守りながら、品質をチェックするのは根気のいる作業です。
一時期、海外生産を試したこともあったのですが、糸は湿度や気温に影響を受けるため品質に差が出てしまうこと、仕上がりのコントロールに熟練の職人技が必要になることを考え現在は桐生の自社工房での製造にこだわっています。
刺繍の工程が終わると、続いて仕上げの作業へ。
ここにあるのは、土台の生地を取り外した刺繍のパーツです。職人の手と目でチェックし、半端な糸が飛び出している部分や、ほつれのある場所は手作業で修正を加えていきます。
今作業しているのはこの道20年以上のベテランスタッフ。糸の端が出ていると見た目にも美しくないですし、身につけた時に肌に当たってチクチクしてしまうので、最後の仕上げは必ず人の手と目で行います。
工房には20代から70代まで様々な年代の職人がいますが、こうしてベテランスタッフから若手のスタッフへと技術的な技を伝えていくのも、大切なことです。
完成したシルクのアクセサリーは、糸、デザイン、職人技の結晶。
工房には、スタッフ同士のコミュニケーションに使われる「サンクスカード」が。
Paris--Kiryu--New Yorkの3つの時計。仕事の舞台は、世界。
そうですね、糸に真摯に向き合い、ここまで000(トリプル・オゥ)として展開してきたシリーズをさらに広げていくことに変わりはありませんが、あえて言うなれば「刺繍でこんなことも出来るんだ!」という新しい造形を続けていくこと、そして「桐生という場所だからこそ出来る」というオリジナリティを追求していくこと、でしょうか。
こちらは、群馬県産のシルク糸を使用した、特別なアクセサリーです。
「ぐんま200」という、長繊維の生糸から作られる繊細な絹糸を使用し、艶やかな光沢を楽しむことが出来ます。養蚕農家が減り、国産のシルクの供給量が減っているのは先にお話した通りですがそのうちの6割は、実は群馬県内で生産されているんですね。
数は少なくなっているけれど、限られた素材を大切に使い、その魅力や技術を伝えていくのも、とても大切なことだと考えています。私たちは刺繍メーカーという立場で糸と関わり続けていますが、糸あってこその刺繍技術です。いずれは、自分たちの手で紡績や糸づくりをする必要性があるかもしれない。そんなことを考えるようになりました。
また、日本らしい造形の追求という点で、新しいシリーズの開発にも力を注いでいます。
こちらがそのうちの一つで、例えば国産の真珠をあしらったモチーフ。刺繍で作った貝殻のモチーフに、真珠を合わせています。こうして、日本国内の違う分野でものづくりを行っているメーカーさんとのコラボレーションも、一つの可能性です。
シルクは天然由来繊維のため、長時間着用すると服や肌と擦れることで使用感が出てきます。ぜひシルクならではの風合いとお考え頂ければ幸いです。
刺繍で出来た000(トリプル・オゥ)のアクセサリーは中に芯材は入っておらず、糸100%で出来ているので汚れが気になった時は自宅で水洗いが可能です。
水に中性洗剤を薄めに溶き、浸して優しく洗い流します。つけ置きは避けて、軽く水気を拭き取り、直射日光のあたらない風通しの良い場所で乾かします。
小さく固まった状態で長時間置くとその時の形やねじれが定着し、クセがついてしまうのでネックレスのように長いアクセサリーは伸ばした自然な形でケースに入れて保存します。
ヨレが気になる時は、スチームアイロンを軽く当てて加湿しまっすぐになるよう吊るしておくと、元に戻りやすいです。
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