年末年始は、伝統的な行事や習慣が多く、日本の文化に触れる機会が多くあります。お世話になった方へお歳暮を贈ったり、年末にはお正月の準備のお餅やおせちのお裾分に、年始にはお年賀を持って挨拶に。そうした時に昔はよく風呂敷が使われていました。
儀式の時や和装の時には絹の風呂敷、日常に何かを運ぶ時には漫画に出てきそうな泥棒唐草のような風呂敷など、紺地に家紋が入ったものは神事にと現代のバッグのように訪問先、装い、荷物の量に合わせて選び使われていた風呂敷が今サステナブルな視点で海外からも評価されています。
コロナが明けた今年は、この3年を取り戻すように、外に出て人に会い、モノに触れた方も多いのではないでしょうか。今年を振り返って感じるのは来年はますます充実させたいという思い。そんな気持ちから気になった、お守りのように身につけられて実用的な風呂敷を改めて詳しくご紹介したいと思います。日頃からそばにおくことが良いとする縁起柄の風呂敷は、良いコトやモノに出会ったらそれを包みます。職人の想いからなる「印染杉下」の風呂敷の裏側をご紹介していきます。
印染(しるしぞめ)は、染めたい箇所と染めたくない箇所に印をつけて必要な部分だけを染める技法で、平安時代に敵味方を区別するために家紋を染め抜いたのぼりに使われたものが由来と言われています。くっきり視認性の高い印染は、室町時代には半纏(はんてん)、幕、手拭いなど持ち物に家紋を入れるために用いられた技術で今では伝統工芸の一つとなっています。
Brand Profile
京都市下京区、伝統的な町屋とモダンな建築が立ち並ぶ街で、観光地のような混雑はない落ち着いたエリアに工房を構える印染杉下。到着からまもなく工房内を見せていただくと、その長い室内と作業台が目に入りました。のぼりや暖簾、着物と長いものを染めることから作業台は長く、どれも1反の半分はあるものだそうです。
▲型紙
染めが行われる室内の壁には、これから染められる印(名前、紋、柄など)が木枠に入って数多く立てかけられていましたが、型は版画と同じで常に版は反転で、大きなものは工房の壁一面になるほどのものも。データ印刷と異なり、型自体も染める製品の原寸サイズとなるため迫力があり、どんな色で染められ、どんな所でどんな風に目に触れられるのだろうかと興味が沸く型の多さでした。
▲刷毛
壁一面には100本近くの刷毛がグラデーションに並んでいました。塗りの工程では、間違えれば色が濁ってしまう可能性がありますので、刷毛は整然と並べているのですね。
▲裏表染める
印染杉下の輪郭をはっきりさせる独自かつ丁寧な手仕事。印を見せる表、その裏も表を際立たせるために染められていました。一枚の布の表裏、一ミリのズレも許されないような工程の見事な熟練技。
▲染色液
工房内で絵の具で染まっていたズボンの職人さんにすれ違うと、その後のぞいた部屋の染料と糊を調合している方でした。大きな泡立て機で染料と糊をかき混ぜながら染めにベストな状態に持っていく作業。色づくりでは、少しずつ分量を変え、目指す色が出るまで何度もくり返すという大事な作業だそうです。見学途中、ベテランの染職人さんと色が完成していないため、染め作業の見送りの会話を耳にし、妥協を許さないプロの徹底している様子を垣間見た気がしました。
▲ムラなく染める
黙々と生地の上で刷毛を滑らせていたのは、その道40年になるベテラン職人さん。にじみやムラなく均一に染めるのが難しく、この時は淡い水彩のようなうぐいす色の半纏を染めていましたが、薄い色ほど広範囲で染めるのが難しいものだそうです。刷毛の動きは一定のリズムを刻んでいるようでしたが、行き来させている手元の力加減は変えて、染めた色を均らしながらムラなく一面を染める美しい手仕事でした。
染め終えると、橋を渡すように伸子(しんし)という竹の道具でシワを伸ばし、乾くまでに液体が溜まらないように様子を確認しながら。
風のない冬の日差しが穏やかな取材日、窓を開けて工房内空気を循環させていましたが、季節や気温、その日の風の流れをみて窓を開け閉めしているという、気象条件に適応しながら工房環境を調整するというのも長年の感覚を必要とするもの。
▲蒸す
染め生地は、一度蒸して色を定着させる工程もあります。年代ものの蒸箱の中を見ると、下からでる蒸気を均一に分散させるためにムシロが敷かれ、内壁には木板が貼られてあり蒸箱内の温度と湿度を調整する役割があると教えてもらいました。
▲洗い
1時間蒸された生地は洗いの工程へ。
京都は、その地形から山々に降り注ぐ雨やそこで発生する蒸気が地下に溜まり、琵琶湖に匹敵するほどの豊富な水源があると言われ、多くの酒蔵や染め屋さんによって発展してきた土地。比叡山の麓からの良質な水で染めた後の余分な染料などを洗い流します。また、この日は大物を洗う際に用いるという外の大きな水槽はカラでしたが、その側には祠(ほこら)があってどこか神聖な空間でした。自然の恵みを活かし、昔からの道具を大事に使う方々によって、継承される美しい色の印染があると感じた取材でした。
「想いを染める」
取材中、何度もお話に出てきた言葉でした。
商いの暖簾分けは師匠から弟子へ応援の気持ち贈る暖簾、地域を担う人が着るお祭りの半纏、印染を依頼するお客様は、その印(デザインそのもの)を大事にされているといいます。それだからこそ染色へこだわり、染めもの職人として最高の仕上がりを目指していると話す杉下さん。
例えば、デジタルで表現された色をそのまま染色液にしても仕上がりは、良いものにならないのだそうです。そのため、お客様の想いを汲みながら印デザインの良さを引き出す色を作り、最善の色を表現、完成したものに満足いただけて笑顔をいただくことが、また次も良いものを作りたい気持ちにさせるんです。と話す杉下さんから、人が人に向き合い作る手仕事の製品は、デジタルやAIではできない「汲む」ことができるものづくりであることも学ぶ機会でした。
伝統技術と掛け合わせた十二支の縁起の良い風呂敷は、印染杉下の技術と想いが詰まった製品で、2年かけて完成したそうです。デザインを手がけたグラフィックデザイナーの関本明子さんにもお話を伺いました。色・デザインでも圧倒させる印染杉下の風呂敷について、様々な質問をさせてもらった内容をインタビュー形式でご紹介します。
Designer Profile
◆紙ではなく、布(風呂敷)をデザインするということの難しい点はありましたか?
──紙でいうと、包装紙に近いですが、違いとして、スカーフやバッグにできるなど、布のため用途がさらに広がります。結んだ時、身につけた際にも魅力的に見えるデザインを心がけました。
◆とても素敵なインパクトのある色で、初めて見た時のことを憶えてます。赤、青、白の3色についての関本さんのこだわりや意図などお聞かせいただけますか?
──数多ある、風呂敷・ハンカチのブランドの中でまず、記憶に残り覚えてもらため、色を絞りました。また、スギシタさんの印染の工房が持つ最大の魅力である「印」として、色の際をくっきりはっきりと見せるための染めの技術が一番よく見えるようコントラストある色を選びました。また、海外販売も視野にいれ、日本のブランドであることを印象付けるため、染めの紺色日本のめでたい紅白を取り入れました。
◆干支柄・風呂敷とは、想像しないデザインですが、和風ではないものにした理由はありますか?
──誰もが自分の干支を持っていますが、干支モチーフの商材は、いわゆる和の商材を扱う店舗か年末年始や神社などでしか見る機会がありませんでした。また、干支は縁起物でもあるので、ギフトにも最適です。デザインを工夫することで、一年中身につけたり、お祝いにプレゼントできたりと笑顔を作る場をより増やせるのではとの思いで、いわゆる和風から幅を広げてデザインしました。
◆シンプルな絵柄からもそれぞれの特徴が出ていて、動物の鳴き声や音が聞こえてくるような気がします。大胆にデフォルメされたデザインが完成するまでのプロセスについて教えていただけますか?
──干支のデザインは、杉下さんの印染の技術が映える際の美しさが目立つデザインを最優先に考えました。そのため、長い直線や、大きな幾何学的なカーブをメインにデザインしています。各干支のモチーフを、どこまで簡略化できるかというところにも繋がりデザインしていくのも面白かったです。
◆関本さん自身が一番とつけるお気に入り、力作の干支の柄はありますか?
──全て、気に入っていますが亥(いのしし)が気に入っています。
◆関本さんがデザインされたものを拝見すると、日本に古くからある老舗のものも、何気ないものも見る人の気持ちを高めるなと思います。デザインする上で大事にしていることを教えていただけますか?
──これだけものが溢れる中に、新しいものを世にお送り出すことにはとても責任があると思っています。クライアントさんの賛同のもと、技術・デザイン・素材、なんでもいいので、新しい考え方を持ち、次の何か新しいことにつながっていくきっかけになるようなことを、デザインする上でも考えるようにしています。また、自分を含め作っている人が欲しいと思えること。作っている人たちが真剣に楽しく考えているかどうかは、商品の魅力、ゆくゆくは売り上げにも如実に影響すると思います。自分自身のことを客観的に捉え、その魅力を自信を持って他人に伝えることが簡単なことではないのと同じで、一番大切なのは、ブランドや商品の最大の魅力を、クライアント自身が自主的に自信を持てる環境を整えることだと思っています。そのためのヒアリングや取材を丁寧に行うようにしています。そして、デザインという視覚表現を通して、ブランドや商品の唯一無二の魅力の伝達方法を計画し、場合によりそれを実施し続けることが私たちができることだと思っています。商品などを魅力的に表現(デザイン)しただけでは、魅力は伝わりません。そのような設計を続けた結果ブランドや商品を楽しんでいただけているのであれば、とても嬉しく思います。
◆デザインされたもの(今回の印染風呂敷)は、どんなことを伝えたいものですか?どんな方に手に取ってもらいたいですか?
──とにかく、染めの美しい発色・際の美しさ、ぜひ現物を手に取って楽しんでいただきたいのと、古くから親しまれてきた風呂敷の楽しみを1人でも多くの人に知ってもらえたら嬉しいです。素材は扱いやすい綿ですが、色の映える上品な光沢のある素材を見つけてくださり、インテリア に取り入れたりスカーフにするなどの、包む以外の楽しみ方もたくさんあることを知っていただきたいです。今まで風呂敷を手に取ったことのない方使ったことのない方に触れていただけるきっかけとなれたら嬉しいです。
◆最後に、干支風呂敷のおすすめの使い方があれば教えてください。
──光沢ある素材感・色も華やかなので、スカーフなどアクセサリーとして、テーブルクロスやウォールアートなどのインテリアとしても楽しめるようにデザインしています。その年の干支は縁起物です。小さく畳めますので膝かけや夏の冷房対策にカバンに入れておくのにもちょうどよく、また、旅には必須アイテムです。荷物を包むのはもちろんエコバッグのように、サイズの制限なく、バッグにもできます。広げたトランクの上に一枚重ねれば荷物の目隠しにもなります。嵩張らないので出張時の必須アイテムになっています。
デザインで伝えるお仕事をする関本さんの、誠心誠意の取り組みで完成した素敵な風呂敷。初めて目にした時に圧倒されて何か心打たれるようだったのは、関わる人の想いが込められたプロダクトだったからと納得のお話でした。
その汎用性の高さで、旅に持っていけば必ずと言っていいほど役立つ一枚の布。また、日常に贈り物や手土産を持ってお出かけする時にも、エコバッグとして、大人の女性として粋に風呂敷を使いこなしたいものです。取材中、風呂敷を愛用する印染杉下のカクノさんにもその使い勝手の良さについてうかがうと、毎日の通勤バッグに潜めていると様々な場面で便利と話していました。包む運ぶだけでなく、目隠しとして、一つのアートとしても楽しめる風呂敷です。
年末年始の帰省や旅行のスーツケースの中では仕分けに役立ち、増えた荷物のサブバッグとしては優秀で、スーツケースの持ち手に風呂敷バッグを結び付ければ、ずり落ちることなく移動でき、荷物を預ける空港や大体旅行の中での自分の荷物の目印になる便利さです。
三角に折り、底辺の両端をそれぞれひとつ結びして、さらに頂点を結べば、あっという間に簡易バッグに変身します。ハンカチのようにカバンに入れておけば、急な買い物の持ち帰りに便利です。
初詣にはお賽銭を用意して、帰りには広げて絵馬や破魔矢も包めます。普段にはお弁当を包んだり、ちょっとおやつを持って近所の公園へ休憩に。
人が集まる時の、食材の買い出しに、鍋に使う白菜、キャベツは丸ごと買っても包めます。
出かけ先で脱いだ羽織もの、買い物した嵩張るもの包めます。歪なものも包めることから自宅クローゼットの中での仕分け収納にも便利。
壁にかければ、一つのアートとして空間にアクセントを作ります。縁起柄を飾って幸運を呼び寄せたいものです。
※写真は、Creamore Mill(クレモアミル)のポスターハンガーを活用しました。
人の集まる日は、テーブルクロスとして使えば、一気に空間が華やぎます。外では公園のベンチでも即席テーブルが完成します。
帛紗の代用にもできます。お年玉に成人祝い、就職祝いを包んで。還暦のお祝いに風呂敷をプレゼントするのも素敵です。
様々な用途に使えるようにと、実用的であって華やかに、艶がありシルクのような薄さでも綿100%丈夫な生地が選ばれた印染杉下の風呂敷。「結ぶ」「包む」がしやすく、時に膝掛けや首元肩にかけても楽しめる一枚でその汎用性の高さは使うことで実感していただけますので、お守りのように普段のバッグに忍ばせてお役立てください。
神社にお参りに行くとその年の干支の絵馬や、干支ごとのお守りが揃っています。その年の干支や生まれ年の干支は、一年の運気を守るお守りで幸運を招くと言われているのです。生まれ干支は「無病息災・厄除祈念」、その年の干支を身につけることは「家内安全・商売繁盛」、そして、その年の干支を飾ったり、人に贈ることは「招福祈願・安寧長寿」とされています。
また、「向かい干支(裏干支・逆さ干支)」を身につけることもいいとされていることはご存知でしょうか。時計のように配置された干支の真向かいの干支のものを持つことは、足りない部分を補い合い、高め合うといわれています。来年の自分に向けてお守りに選んでみてください。