捺染(なっせん)という言葉は耳慣れないかもしれませんが、「プリント」と言えば、想像がつくのではないでしょうか。捺染とは、染料を糊に溶かした色糊を使って布に模様を描き、染料を固着した上で水洗いをし、出来上がる染色技法を指します。単色の布に複数の色で模様を表現することが可能なため、世界各地で衣服を中心に使われてきた捺染。日本でも、着物の友禅染めがその一種に当たります。染色にあたり、大量の良質な水が必要という制限はありつつも、数多くの種類の技術が生まれ、受け継がれてきた背景があります。
日本で捺染業が発展した地域に神奈川県横浜市があります。1859年の横浜港開港時より日本の主要輸出品目であったシルク。当時は日本の生糸の需要が高く、横浜開港博覧会やメルボルン博覧会などで日本製のシルクハンカチが注目を浴び、港町である横浜で生糸市場が大きくなっていくにつれて、捺染業も発達していきました。昭和初期にはスカーフがファッションアイテムとして人気を集め、横浜の名産となります。
老舗スカーフメーカーの丸加は現在日本で唯一企画からデザイン、工場生産、納品まで一貫して自社が受け持ち、手捺染によるこだわりのスカーフを作り続けています。横浜の街から世界が繋がり、日本を元気に彩っていったように、毎日の生活に彩りを添え、現代に見合うプリントでありたいという願いからファクトリーブランドであるthe PORT(ポート)をスタートさせました。
the PORT(ポート)のスカーフは、とびきり鮮やかな色使いとポップで現代的なモチーフが何よりの魅力。一貫性のあるテーマを持った絵柄と、細部の輪郭まで美しく配色された技術が目を引きます。こちらのスカーフは版ごとに手で染め上げていく手捺染と呼ばれる手法で生産されています。
まずは型の準備。型は使用する色の数だけ必要となります。色糊と呼ばれる染料を調合し、捺染台に布を張っていきます。
続けて、いよいよ染めの工程に。型の下に染料を流し込み、布に絵柄を写し出していきます。この工程がいわゆる「捺染」です。捺染には、スキージーと呼ばれるヘラを使い、一点一点丁寧に刷っていきます。色ごとに型が異なると先述した通り、染料と型を正しく組み合わせ、力加減を一定に行うことが求められるため、職人の経験や技術が試される工程です。
捺染の工程が完了したら、生地に熱を加えて色を定着させます。その後、洗浄して糊を落とすのですが、この工程に大量の水が必要なため、横浜のように近くに大きな川があることが捺染業にとって欠かせない要素となります。洗浄後は最終の縫製へ。この縫製の工程も、一つ一つが手作業。手で生地をロール状に巻き込みながら、均一に縫っていくことでふっくらとした柔らかさのある上質なスカーフが生まれると言います。
▼縁が丸みを帯びているのは、縫製技術によるもの
細やかな模様が表現されたthe PORT(ポート)のスカーフ。滲みがなく、色合いがほぼ均一で、繊細な染めが施されているのは熟練の職人による技術の賜物です。また、the PORT(ポート)のスカーフには「CAKE」「HAND DRAWING」「CUBE」といった名の付いた独創性のある洗練されたデザインも、さらなる魅力。
碇のモチーフが散りばめられた、スカーフ/ANCHOR。少々派手かな、と思わせる模様ですが、首に巻いてみると碇のモチーフがドットやクロスしたラインのようにも見え、上品なアクセントになってくれます。大判のスカーフのため、細く折りたたんで巻けばコンパクトに身につけられますし、そのままゆるく結んでも、シルエットを縦長に見せてくれる効果が。こうした着こなしのバリエーションが広いのが、スカーフの特徴です。
明るさ満点のカップケーキが描かれたスカーフ/CAKEは、その美しい色使いが見えるよう、スカーフを斜めに折ってさらりと首にかけて。スカーフに使われている白や青の服と合わせると、スカーフが悪目立ちしません。また、バッグや帽子といった小物に巻いても、可愛らしく決まります。
さて、世界に目を向けてみると、横浜と同様に古くから捺染の技術が発展してきた地域が多数あります。スイスもそのひとつ。良質な水を育む山岳地帯であるスイスは、捺染業と相性の良い環境でした。
17世紀には捺染工場が60社以上存在していたというスイス。そのうちの Blumar(ブリュメル)社は、1828年にスイスSchwanden地方のGlarnerという小さな町で始まり、以来、優れた捺染技術を誇る老舗メーカーです。Blumar(ブリュメル)社の自社ブランドであるGLARNER TUECHLI(グラーナートゥエッチリ)は、歴史とともに培ってきた染色技術を活かし、バンダナをはじめとするファブリックを展開しています。
豊富な色使い、繊細な配色と染色が美しいGLARNER TUECHLI(グラーナートゥエッチリ)のバンダナ。創業当初は経験豊富な職人が、サクラ材やオーク材に複雑なデザインを彫った木版で全てハンドプリントで捺染を行っていたのだそう。繊細なデザインにまず驚くとともに、複数の色を一枚の生地に乗せて美しさを表現した技術に驚きますね。
▼当時使用されていた木版
1860年頃からは機械化が進み、安定した品質の染料を使用するなど、時代の変化に対応しながら生産を続けてきたBlumar(ブリュメル)社。生産の仕方は変わっても、独自の製法と最高級の品質を守り続け、他にはない美しいバンダナを作り続けています。
バンダナの定番柄といえば、ペイズリーですね。ペイズリーの起源には諸説あるものの、松かさやヤシの実など、一年中枯れることのない自然界の植物をモチーフに、生命力を意味しているとも。ペイズリー柄はペルシャ芸術の象徴として宮廷や王族がまとうショールに彩られ、19世紀にはスコットランドのペイズリー市でこの柄の織物生産が盛んだったことから、この名が定着したと言われています。
まが玉のような、木の葉のような印象的なモチーフのペイズリーはいつの時代も色褪せることのない柄。首に巻く際には前向き、横向き、と向きを変えるだけで異なる印象を作ることが出来ます。アクセサリーのような煌びやかさはなくても、自然とコーディネートに馴染んでくれ、どこか品の良さを感じさせるのがペイズリー柄のバンダナです。
最後にご紹介するのは、フランス生まれのテキスタイルブランド、Les Olivades(レゾリヴァード)。植物などの自然の模様が美しく映える、捺染を施したテキスタイルを展開しています。
Les Olivades(レゾリヴァード)の源泉となるのはインド更紗がヨーロッパに伝来した15世紀。木綿地に非常に複雑な模様を「染め」で施したインド更紗はヨーロッパで非常に高い人気を呼びました。このインド更紗を原型に、その後、ヨーロッパではトワルパントと呼ばれる捺染を施した綿布の生産が発達。自然の動植物の模様を手で染め上げていく技術が生まれていったのでした。
時代の波とともに、機械化が進んでいったものの、1818年にプリント職人だったレオナール・カンシュはフランス・プロヴァンス地方に染色工場を設立。1948年にピエール・ブーダンによってSAIT社へと発展し、その後1977年に「レゾリヴァード」ブランドが立ち上がりました。その魅力は、300を超えるデザインをもとにプロヴァンスの文化や伝統、豊かな自然が感じられる捺染の技術です。さらに、染料にはアネモネ・茜・オリーブ・向日葵・ラベンダー・薔薇などプロヴァンス地方の植物を使用していることから、独自の地位を確立しています。
Les Olivades(レゾリヴァード)のテキスタイルに施された模様は全てフランスの自然を感じられるもの。その模様ひとつひとつに意味があります。
例えばこちらの紋章のような模様は、かのナポレオンのシンボルマークであった蜂を意味するモチーフ。プロヴァス地方で由緒あるボニス家からLes Olivades(レゾリヴァード)に贈られたベッドカバーの柄が元になっていることから、「BONIS」と名が付いているのだそう。BONISを施したシャツ ワンピースは、模様の中央にさりげなく入ったゴールドが華やかさを増してくれます。
爽やかさのあるVネック ワンピース。細やかな模様が目を引くこちらは、「BANDES BONIS」という名前が付いた柄。様々な花や葉が描かれた植物やペイズリーといった模様がボーダー状に並び、まさにプロヴァンスの豊かな自然を連想させます。リズミカルに変化を加えた凝ったプリント柄です。
かわってこちらは、松ぼっくりをモチーフにした、丸みを帯びたモチーフ。ピーター・メイルの小説『南プロヴァンスの12ヶ月』で有名になったラベンダーの里、リュベロン地域にある小さな村の名前である「MAZAN」という名前が付いています。なんだか名前の由来を辿っていくだけで、童話を読んでいるような気分になりますね。こちらの模様を施したスタンドカラー シャツは、丸みを帯びたモチーフのおかげで可愛らしさもあり、正統派な印象です。