今回取り上げるのは、サイドゴアブーツ。脱ぎ履きが簡単で、季節を問わず使いやすい。それでいて合わせるお洋服を選ばない。
何足あってもまた欲しくなるのが靴選びの楽しいところですが、足にフィットして歩きやすいことと、日々の装いに取り入れやすいという2つのポイントが両立する靴というのは、なかなか貴重なものです。どんなに見た目が美しくても、脱ぎ履きに時間がかかる、ヒールが高くて歩きにくいなど、何か我慢しながら履き続ける靴というのは、姿勢が崩れたり着脱の際に人を待たせてしまったりと、どこかに難点があるものです。
そういった意味では、シンプルなサイドゴアブーツは所作までもが美しくなる靴と言えるかもしれません。靴選びのツボを上手に抑えてくれる魅力が、サイドゴアブーツにはたっぷりと詰まっています。
サイドゴアブーツとは、読んで字のごとく足の両脇に伸縮するマチ(ゴア)が付けられた丈の短いブーツのこと。冬の寒さを軽減したり雨濡れを防いだりと、機能的なモデルが多いことから、現代ではワークブーツの一種のように捉えられることが多いサイドゴアブーツですが、意外にもそのルーツはフォーマルシーンにあります。
時は19世紀。英国ヴィクトリア女王のために、着脱が容易で足にフィットする靴をと、ゴア仕様のショートブーツが生み出され、これが現代のサイドゴアブーツの原型になったと言われています。ヴィクトリア女王即位が1837年、小説家チャールズ・ディケンズや画家ミレーの時代ですから、その歴史の長さが伺えます。
もともと女王のために考案されたブーツだったというのは驚きとともに少々意外ですが、そのブーツの仕様を気に入ったのがヴィクトリア女王の夫であるアルバート公でした。アルバート公はサイドゴア式の靴を履いて議会に足を運んだそうで、彼の名をとって、古くは「アルバートブーツ」という呼び名があったことからも、その人気ぶりが分かります。
こうして誕生したサイドゴアブーツは、アメリカでは「コングレス(議会)・ブーツ」という通称で人気となる等、海を渡りイギリスから各地へと広がりますが、もともとは格式高い礼装用という性格が強かった模様。日本でも、幕末に坂本龍馬が履いていたブーツがサイドゴア仕様だったと言われています。見た目の美しさと機能性を両立した靴が、いかに各地の人々を魅了していた様子が分かりますね。
そんなサイドゴアブーツがファッションアイテムとして広く認知されるようになったのは1960年代以降のこと。1960年代にロンドン・チェルシー地区のアーティストたちがこぞってサイドゴアブーツを履いたことから、「チェルシー・ブーツ」として一躍有名になりました。ビートルズの4人が履いていた、踵が高く、つま先のラインがしゅっとした黒いブーツといえば、誰しもなるほどと頷くはずです。
女王のためのブーツとして考え出された靴が、男性向けのフォーマルブーツとして発展し、海を越え時代を超えて愛されるようになったことからも分かるように、サイドゴアブーツは美しさと機能性とを両立した稀有な存在。現代ではカジュアルなタイプが多く製品化されていますが、かつてはフォーマルブーツとして活躍していたことを考えると、履いた時に不思議と背筋が伸びるような気がしますね。
シンプルな作りのサイドゴアブーツは、ちょっとした造りの違いで見た目の印象とはき心地が変わってきます。ブーツとしての特徴を作り上げる要素を深堀してみましょう。
サイドゴアタイプに限ったことではありませんが、靴の印象を大きく左右するのが靴先(つま先)のカーブ。写真のようにつま先がシャープな造りになっていて三角形に近いデザインは端正な佇まい。つま先が尖ったポインテッドトウに近づけば近づくほどシャープな印象になり、逆に丸みを帯びぽってりとした形では、優しくカジュアルな雰囲気となります。
特に革製のブーツの場合、細身のデザインのものには「捨て寸」といって、2cmほどつま先に余裕が設けられている場合があります。捨て寸の部分には足指が入らず、足のつま先は靴の内部に当たらないのが正しい履き方となるため、逆に指先が靴に当たっている場合は足を痛めてしまいます。すっと背筋を伸ばし正しい姿勢で歩くためにも、サイズ選びには十分注意しましょう。
これは盲点になりやすいのですが、スリッポン型であるサイドゴアブーツには、靴紐のような付属品や目立った装飾がありません。その分、ちょっとした仕様の違いが見た目の印象を大きく左右することになります。注意して見てみたいのが、靴のアッパーとソールの接合部分。この部分のステッチが程よいアクセントになっていたり、逆に全く目立たないとつるりと美しい仕上がりになったりと、印象が異なります。こちらの黒いブーツは、ステッチが目立たない仕様のため、よりエレガントな見た目になっているのがわかります。
一方、こちらは程よくステッチがアクセントになった一足。ブラウンのレザーは経年変化を味わいやすいので、アッパーの色味も変化していきます。これからどんな色合いになっていくのか楽しみですね。
左から:スムースレザー、オイルレザー、PVC
ここに3種類の異なる素材を使用したブーツを並べました。いずれも足首までのシンプルなサイドゴアブーツですが、素材の違いにより対応できるシーンと履き心地が大きく変わってきます。
【スムースレザー:ドレッシーに仕上がる端正な輝き】
正統派な一足を選ぶなら、やはり光沢のあるスムースレザーを。表面がつるりと磨き上げられた牛革がおすすめです。スカート+タイツ、センタープレスのパンツなどフォーマルなお洋服と合わせても、遜色なく上質な雰囲気に。履き始めは革がやや硬く、柔らかく馴染むまでは根気がいりますが、革をお手入れしながら長く育てていく楽しみは、他の素材にはないものです。
【オイルレザー:晴雨兼用の頼れる存在】
脱ぎ履きしやすく、足首まで覆ってくれるサイドゴアブーツは雨の日にもってこいの履き心地ですが、革靴は雨に弱いというのがネックになります。そんな悩みを解決してくれるのが、オイルレザー。オイルを染み込ませたウォータープルーフレザーを使用したブーツなら、雨の日にも対応出来ます。レザーのショートブーツとして冬の防寒にも適しているので、合わせるお洋服によって、秋から冬、春先から梅雨時期と1年を通して活躍するシーズンが長いのが嬉しいですね。
【PVC:雨の日専用にぴったり】
既にレザーのショートブーツは持っていて、雨の日にも履ける1足を探しているならPVCがぴったり。PVCとはポリ塩化ビニルのこと。ポリ塩化ビニルは半永久的に劣化しないと言われており、軽く、傷が付きにくい、汚れにくいといった特徴があります。とてもしなやかな履き心地で、レインシューズにありがちなゴワつきがなく、履いても脱いでもスリムな形は普段使いに便利です。オイルレザーも良いけれど、大雨を気にせず軽快に歩きたいという方にはPVCがよりおすすめです。
・DIEGO BELLINI(ディエゴ・ベリーニ)
DIEGO BELLINI(ディエゴベリーニ)が手がけるサイドゴアブーツは、まるで一つの美術品のように優美なカーブと艶やかなレザーが魅力。もともとレディースローファーの老舗として履き心地に定評があるブランドで、1951年、「靴の聖地」とも呼ばれるイタリア・マルケ州モンテ・サン・ジュストで創業しました。 モンテ・サン・ジュストは、革製品で古くから発展し、職人気質の技術者が数多くいる街で、DIEGO BELLINI(ディエゴベリーニ)は創業から60年以上、学生靴から紳士のモカシンまで作り続けるファクトリーです。
・Blundstone(ブランドストーン)
オーストラリア南東部、大自然豊かなタスマニア島で生まれたサイドゴアブーツの元祖、Blundstone(ブランドストーン)。一般のサイドゴアブーツより軽く、スニーカーのような履き心地という定評もあります。耐久性に優れたポリウレタンソールが、歩きやすく、疲れにくい他、特許製法のSPS(ショック・プロテクション・システム)により、快適な歩きを実現。衝撃の9割を吸収するほどのクオリティというから驚きです。
・UMO(ウモ)
UMO(ウモ)は、1946年頃に大流行していたビーチサンダルからヒントを得て、水に強く、柔らかく、そして耐久性のある素材を用いた一体成型のレインシューズをフランス国内で大ヒットさせました。それまでの実用性には長けているものの、味気のないデザインのレインシューズを一掃し、高いファッション性を取り入れたカラフルなレインシューズを製造。今では年間400万足を生産するフランスシューメーカーのリーダー的存在となっています。 履き口には、ブランドロゴであるクラゲのモチーフが配されているのもポイント。
サイドゴアブーツの基本的なお手入れは、靴の素材に合わせて一般的なシューズと同じメンテナンスをすれば問題ありません。その上で、1年を通して着用シーズンの長いサイドゴアブーツならではのお手入れポイントをおさえましょう。
・水濡れに弱い革靴:着用後ブラッシングをし、定期的にクリームで保湿・磨き上げのお手入れをします。ブーツは湿気を溜めやすい造りのため、ショートタイプのブーツでシューキーパーの入る形のものであれば、木製のキーパーを入れて靴の反りを元に戻し休ませることで、変形やシワの定着を防ぐことが出来ます。雨の日の着用は避けましょう。
・ウォータープルーフのオイルレザー:水に強い革も、長時間濡れたまま放置してしまうと革の劣化が早まります。雨に濡れた時は表面の水気を拭き取り、内部の湿気を除去することで革が長持ちします。定期的にオイルやクリームで油分を補うことで革本来の風合いを保つことが出来ます。
・PVC、ゴム等、レインシューズ向けの素材:水に強い素材なので、雨濡れに対して神経質になる必要はありませんが、水滴がついたまま長時間経過すると、雨に含まれるチリ、ホコリが残り水垢のように跡がつきます。定期的に布で拭き取り、汚れを落としましょう。素材によっては温度変化に弱いものもあります。(低温で硬くなり、高温で変形・ひび割れする等。)長期保管時は、温度変化に注意しましょう。
サイドゴアブーツに限ったことではありませんが、靴の中で特に磨耗しやすいのが靴裏(アウトソール)です。アッパーのデザインはよく似ていても、想定される用途によってアウトソールの仕様は千差万別。ドレスシューズに多いつるりとしたレザーソールや、雨、雪道でも滑りにくいよう深い凹凸のついたソールなど、様々な仕様になっています。
着用時間が長くなればなるほど靴裏の磨耗スピードは早くなりますので、1年を通して着用シーズンの長いサイドゴアブーツは注意が必要です。アッパーはせっせとお手入れしていて綺麗なのに、アウトソールが劣化してしまっては、靴としての機能を果たすことが出来ません。特に革のアウトソールの場合、薄い中敷を入れて履き、帰宅したら中敷を外して干すと傷みが軽減しやすいです。
サイドゴアブーツが脱ぎ履きしやすいのは、ゴアがついているから。ゴムが付けられたマチこそがサイドゴアブーツの特徴である訳ですが、そのゴアが劣化してしまうと、見た目の美しさと機能性の両方が失われてしまいます。ゴムが必要以上に伸びると靴そのもののフォルムも歪んでしまうため、着脱の際は無理に引っ張らないようにします。
おすすめなのは、足を入れる際に靴べらを使うこと。そうすることで履き口を大きく引っ張らなくても、足が入りやすくなります。無意識のうちに、玄関先にお尻をついて両手を使うというスタイルになりがちですが、さっと靴べらを取り出してするりと足入れすることが出来れば、一連の所作も整います。折りたたみ式やキーホルダーとしても使える靴べらを一つ持っていると、あらゆるシューズの着用がスマートになりますよ。
▶︎端正なフォルムを愉しむ靴
▶︎雨の日の装いに
▶︎育てるオイルレザーブーツ