道具を育てる。
生き物が育っていく過程をたどるように、日々使っている道具もまた、変化していくその姿を見守る楽しみがあります。
今回ご紹介したいのは、重厚感のある佇まいが印象的な鉄瓶。鉄を「育てる」のは、一朝一夕には成しえない暮らしの行い。それでも、5年10年と長く愛用した先に見える鉄瓶の味わいには自分で育てるからこそ、他には変えられない魅力があります。
そんな長い歴史を積み重ねてきた鉄瓶を長く使い、自分らしいものに育てて頂くためのお手入れ方法をご紹介します。
ZUTTOでお取り扱いしている鉄瓶は小笠原陸兆の「小丸」。
ころんとした丸みを帯びた形が名前にぴったりの鉄瓶です。
小丸が生まれたのは、岩手県奥州市の水沢区。鋳造師の小笠原陸兆が代表を務めていた小笠原鋳造所で作られています。
岩手県の盛岡市や水沢区では、江戸時代から鋳物の生産が発展してきました。鋳物の発展とともに茶道がさかんになり、湯釜を小さくし取っ手を付けた「鉄瓶」が考案されたと言います。
その後、手軽に使える暮らしの道具として全国的に広まった鉄瓶。小笠原陸兆も伝統的な南部鉄瓶を受け継ぐ一方で、シンプルかつモダンなデザインを打ち出し、「小丸」という、現代に見合う鉄瓶を作り出しました。
小丸は、溶かした鉄を鋳型(いがた)に流し込み、焼成して鋳造されています。仕上げに高温で焼き付けられることで、内部に酸化皮膜が出来、錆が付きにくい構造になっています。この酸化皮膜が、鉄瓶の最も重要な
特長といっても過言ではありません。高温で焼き付ける技法は「金気止め(かなけどめ)」と呼ばれ、南部鉄器からその技法が広まったと言われています。
酸化皮膜は金属を腐敗から守るので、水に触れても錆びにくくなるのです。
注ぎ口から内部まで、全てが鉄で作られている小丸。持ってみるとさすが鉄、ずっしりとした重みです。これだけの重さがあると、使用時に安定感があります。
そして、その昔、大火事の中から鉄瓶だけが形をそのままに残していたと言われるほど頑丈な点も魅力です。台所にあるだけで、頼もしく感じますね。
さて、実際に鉄瓶を使う際には、どんな点に気をつければ良いのでしょうか。
鉄は、水分に触れると錆びてしまいます。
鉄瓶ももちろんその特徴を持つので、最も大事なことは錆を最小限に抑えることです。鉄瓶の場合、金気止めによって作られた酸化皮膜が錆止めの役割を果たすので、この膜を保つことが重要になります。
それでは、どんな方法で酸化皮膜を保つことが出来るのでしょう。
それは、皮膜が完全に剥がれないうちに、「湯垢」(水の中に含まれるカルシウム等の成分)を付けることです。
完全に湯垢が付くと、内部が白っぽく変化し、水を入れたまま一晩置いても錆びることなく口当たりの良いお湯を沸かすことが出来ます。
<基本的な使い方>
1. 幾度か鉄瓶の内部を水でゆすぎます。
2. 水を入れて弱火で沸騰させます。
沸騰したら、中身を捨てます。
3. 2を幾度か繰り返し、中の水に濁りがなくなるまで続けます。
4. 濁りがなくなれば、使用を開始して問題ありません。
お茶のため、料理のためのお湯を沸かしてお使いください。
※お湯を沸かした際、中身はそのまま入れた状態で放置せず、すぐに捨ててください。内部の錆の原因になります。
<基本のお手入れ>
1. 出来るだけ鉄瓶が熱いうちに、中のお湯を捨てます。
2. 鉄瓶の蓋を外し、通気性の良い場所に置きます。
鉄瓶の持つ余熱が内部の水分を蒸発させます。
3. もし、鉄瓶がそれほど余熱を持っていない場合は、鉄瓶を弱火にかけます。空焚きは鉄瓶に負担を掛けますので、絶対に強火にしないでください。底の表面が剥がれてしまいます。
また、鉄瓶が乾いたことを確認したら、すぐに火からおろしてください。
※鉄瓶の内部には素手やスポンジ、タワシ等で絶対に触れてはいけません。
鉄瓶の使うにあたり、重要なことは
・中身を入れた状態で放置せず、すぐに乾燥させること
・鉄瓶の内部に触れないこと
この2点です。これさえ守れば、鉄瓶を安心して育てることが出来ます。
先ほど鉄瓶を使う上で大事なことは錆を最小限に抑えることと書きました。
でも、鉄瓶に錆が付くことは避けられないことでもあります。
水洗いした後に乾ききらなかった部分があった、鉄瓶の傍で調理中に油や水がはねてしまった。
そんなこともあります。
何より、空気中の水分によって自然に酸化するのが鉄瓶です。だから錆が出てしまってもがっかりすることなく、何かの理由で錆が出てしまうもの、と受け止めて使いましょう。
内部に赤い錆が出てしまっても沸かしたお湯が赤く濁らない限り、問題ありません。錆が気になっても、絶対に内部には触らないようにしましょう。もしお湯が赤く濁ってしまったら、お湯を沸かす・捨てるの工程を繰り返し行います。何回か行うと透明なお湯に変わります。
どうしても濁りが取れない、鉄臭い場合は茶葉を入れて沸かしてみてください。鉄分とお茶に含まれるタンニンが組み合わさると錆を抑える効果を発揮します。
30分ほど沸かしてそのまま一晩置き、お湯を捨てて、もう一度沸かしてみると綺麗なお湯が出来るはずです。
尚、錆を飲んでしまっても身体には無害ですので、ご安心ください。
ZUTTOには、もう一つ、鋳物があります。
それは鋳心ノ工房(チュウシンコウボウ)のティポット・丸筒・S(鉄)です。
こちらは、岩手県の南部鉄器と並んで日本の伝統工芸である山形鋳物です。山形鋳物の歴史は古く、平安時代までさかのぼるといわれています。
鋳心ノ工房(チュウシンコウボウ)もまた、日本の古き良き伝統工芸品を次世代に伝えるため、今日の生活様式に合わせた鋳物を提案しています。
その一つがこのティポットなのです。
小丸より一回り小さく、テーブルにも置きやすいティポット・丸筒・S(鉄)。そして小丸と何より異なる点は、ティポット・丸筒・S(鉄)は鉄瓶ではなく、急須であることです。
そもそも急須とは、お茶を入れるための茶道具。茶葉を入れて上からお湯を注ぐので、急須を直接火に掛けることはありません。
お茶の種類によっては沸騰直後のお湯よりも少し温度を下げたお湯が適切と言われるので、お湯を冷ますための道具でもあります。
急須の内部は小丸のように鉄ではなく、ホーローの仕上げになっているのも特徴。
ホーロー仕上げはお手入れしやすい気軽さがあります。内部を覗いてみると、どちらも黒く見えますが、ティポット・丸筒・S(鉄)には、光沢があるのが分かりますでしょうか。蓋を比べると一目瞭然ですね。
ホーロー仕上げなのでティポット・丸筒・S(鉄)に注いだお湯に鉄分が溶け出すことはありません。
そのため鉄分を摂取することは出来ませんが、他の食器と同じようにスポンジで内部まで洗うことが出来ます。小丸とティポット・丸筒・S(鉄)はどちらも鋳物ですが鉄瓶と急須として用途の違いがあるのです。
<鉄瓶の特徴>
・内部まで全て鉄で作られている
・お湯を沸かすと鉄分を摂取することが出来る
・鉄分の効果で、お湯がまろやかになる
・丈夫で割れにくい
・お手入れを怠ると、錆びてしまう
<急須の特徴>
・内部がホーロー仕上げとなっている
・お湯を沸かしても鉄分は摂取出来ない
・お手入れは他の食器と同様、洗剤を使って内部を洗うことが出来る
用途や特徴が異なりますが、どちらも食卓に載せても違和感のないデザイン。昔ながらの道具であっても時代の流れとともに洗練された小笠原陸兆の小丸と鋳心ノ工房のティポット・丸筒・S(鉄)。
敬遠せずに、使ってみる。そして変化していく様子を楽しむことで、生活に欠かすことの出来ないとっておきの道具となってくれます。
・小丸